私は、薬剤師であり、現在柏市薬剤師会の顧問という立場にもありますが、最近毎月発行される会報「かぷせる」に寄稿しており、今回はその文章をここで紹介させていただきます。
*「知識」ということについて思う。
柏市議会議員 海老原ひさえ(柏市薬剤師会顧問)
4月初旬、桜花満開の大阪で第27回日本医学会総会が開催された。この学会は4年に1度開かれるオリンピックのような催しであり、今回で105年目を迎えるということからもその歴史の重みが窺える。実際、100以上の各種医学系学会が傘下に加盟していて、まさに学会の総本山である。この中で会頭の岸本忠三先生は「知識と知恵の融合」という非常に示唆に富む話をされた。ある発見に次の発見が積み重なって進歩する「知識」と、永続的な「知恵」は進化のスピードが異なるため、これらの概念を融合することが重要という趣旨で、この指摘には確かに頷けた。例えば現代では生命科学の進歩によって病気の原因となる遺伝子が同定され、また遺伝子自体の操作が出来るようになった反面、その知識や技術を制御する術が十分に追いついていないため、例えば祖母が孫を生むとか死んだ夫の子供が生まれるという社会が想定していなかった問題が急速に生じている。有する知識や技術の実行を単に追求することのみならず、人間あるいは社会の未来像を描いて、その使い方を熟慮するという意を込めた「知恵」もまた必要という警鐘である。
話は変わるが、医薬分業が進んだおかげで、最近は医療機関で院外処方をもらうことが多くなった。私には2才になる双子の息子がいるので、急な発熱や下痢、湿疹や怪我など大小/重軽さまざまなことでお医者様に診ていただく機会が多い。その度に調剤薬局でお薬をもらうことになるわけだが、特に初めて処方された薬であると、それがどのような作用や副作用があるのかとても気になる。また、少々いやらしい言い方かもしれないが、院外処方でエクストラ・コストを払っているのだからしっかり情報を聞いておきたいという思いもあり、薬剤の背景的なことを折に触れ聞いている。しかしながら、正直なところ必ずしも満足できない答えをみることが時としてある。特にそう感じるのは、例えば予めコンピュータにインプットされている情報や添付文書等の内容をそのまま伝えられるというケースだ。本当に2才の子供に当てはまるリスクなのかとか、それはレアなケースではないのかなどと感じてしまうのだ。確かに、情報を正確に伝えさえすれば間違いは生じないが、それが聞き手にとって有益な情報なのかという観点で判断されていないと、かえって受け手は混乱することになる。つまり、情報や知識を単に示すだけではなく、相手の必要とするところを察して情報を取捨選択して相手にあった形で提供するという「見識」が重要なのだと私は思う。この「見識」は、経験や洞察による先ほどの「知恵」とよく似ている。
さて、冒頭の学会に戻る。岸本先生はこの講演の結びで、1900年代半ばの「すばらしき新世界」という英国作家ハックスリーの小説を引用した。ハックスリーは、この時代にして人類が試験管ベビーの誕生に成功し、試験管内の条件設定によって生まれてくる子供のタイプや能力を自在に操れるという設定でこの物語を記している。この中の人間達は予め能力の優劣やタイプを決めて子供を産み分け、徹底した階層別教育と訓練で一切無駄のない秩序ある社会を作るのだ。その結果どうなったか? 結末は、その社会の人間は、シェイクスピアの悲劇を読んで、誰一人としてそれを悲しいと思える者がいなくなってしまうという、なんとも皮肉で悲しい結末なのである。


