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海老原ひさえの素顔

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海老原ひさえよくみなさんから「なんで議員になったの?」と聞かれるのですが、たぶん今の自分の姿は小さな頃からの夢の延長線上にあるのだと思います。

私は小さい頃から植物や動物の観察とか自然現象の不思議を調べるといったようなことが大好きで、将来の夢は女医さんになることでした。ですから理数系の科目、特に理科の実験などは大好きで、友達がままごとセットを買ってもらっている頃私はせっせとおこずかいを貯めて顕微鏡を買い、微生物とかを一人で観察して楽しんでいました。別に性格の暗い子ではなかったんですけどね(笑)。

しかし、学校でフナの解剖実験をした時にあまりの気持ち悪さに失神してしまい、手術をしなくちゃならない医者は向かないと悟り、以来将来の夢はクスリを作りたいというものに変わりました。この時はどのような形であれ科学という面から人々の役に立つ仕事をしたいという気持ちだったと記憶しています。

その後、自分の希望通り薬科大学に進むことができ、在学中に環境庁の国立公害研究所(当時)で環境公害関係の研究をする機会をいただきました。ここでは様々な化学物質の生体への影響などを調べていたのですが、その研究を通じてこの数十年間に人類が引き起こしてしまっている環境問題はすぐに対処しないと大変なことになるだろうということを痛切に感じました。

卒業後しばらくは製薬会社の研究員として新薬の研究開発に従事していましたが、当時ある政治家の演説を聞いた時に自分も政治家として社会問題や街づくりに役立ちたいと考えるようになりました。特に、今後は環境問題や医療問題が重要になってくるにもかかわらず理系出身の議員が少ないことから、多少なりとも自分の持つ経験や理系の視点が活かせるのではないかと考えたのです。

そこで一念発起し製薬会社を辞めることにしたのですが、政治家を目指すとはいえ行政の仕組みがまったくわからないのでは話になりませんから、まずは一番身近な市政からということで市役所で経験を積むことに決めました。通勤電車の中や昼休みにコツコツと地方公務員試験の勉強をするのは大変でしたが、運良く試験に合格し柏市役所に入庁できることになりました。市役所では福祉部に配属され、当時は介護保険制度の話などが始まる前で福祉施策はまだまだこれからという時期だったので、いろいろな経験をするにはよかったと思ったものですが、そこでの仕事は想像以上に幅広く、自分の知らない世界がたくさんあることにまず驚きました。お年寄りや子供の世話などいわゆる福祉の仕事はもちろんのこと、ホームレス対応や身元不明遺体の対処、火事のお見舞い、災害救援物資の搬送とか様々でした。「社会を明るくする運動」なんていうのもありました。

こうして数年間行政で色々な役割を経験したのち、小さな頃からの夢だった科学の面から社会に役立ちたいという気持ちで不肖ながら28才の時に市議会議員選挙に立候補することを決意したのです。

以来議員活動は4期目になりますが、今もこの気持ちはなんら変わっていません。「環境、福祉、医療を重点に快適な街づくりを進める」という初当選時の基本姿勢のもと今日も活動をしています。

最終更新 ( 2009年 10月 05日(月曜日) 09:54 )